お手伝いがくれた時間

今日は夕飯の支度をしている間
息子が風呂を洗って沸かしてくれました。

風呂洗いにはちょっと特別な思いがあって。

久々に、じっくり書いてみる事にしました。

 

私が小さい頃から家を出るその日まで
唯一やり続けたお手伝いが風呂洗いでした。

実は今の私はこの風呂洗いからできている
と言っても過言ではないくらいなのです笑

正確にはいつからだったか覚えてないけど

初めて母から風呂洗いを申しつかった時には
自分の仕事がもらえたのが嬉しく

初日は一時間くらい洗っていて
「あんた!まだやってたの!?」
と驚かれた記憶があります笑

うちの風呂は湯と水の蛇口がそれぞれあり
湯は常に最高温で出てくるので
湯加減は二つの蛇口から出る湯と水の量を
その都度手動で調節します。

ちょっとの加減で熱くなったりぬるくなったり
季節によっても加減が変わり

蛇口から出る水の太さを目で見て
蛇口を繊細に調節する手の感覚
お湯を止めるまでの時間の感覚
様々な体感覚が磨かれた気がします笑

何より大きかったのは
お湯が張るまでの約20分間。

今のように自動で止まらないので

好きな事をやってていいけど
風呂の事は忘れずにいなければならない
軽く拘束された特別な時間。

いつからかその時間を私は
幼稚園から始めたエレクトーン
を練習する時間に当てていました。

音楽は大好きで
誰に言われるでもなく練習し
毎日その時間が地味に楽しみでした。

どうやって練習したらうまく弾けるか
練習メニューも自分で考えて
20分あらゆる方法で
一つのフレーズを練習したり

A曲とB曲を2回弾いてちょうど湯が沸く
とか色んな組み合わせが頭に入っており

曲が完成してくると
20分間のプログラムを考えて
妄想コンサートもよくしました。

湯を張り始めてからの待った無しの20分
ちょっとした緊張感で本番のつもりで弾き
弾き終わって湯を止めに行くと
ジャストで湯が張っている。

新しい譜面を読みながら練習してたら
時にはお湯がじゃぶじゃぶ溢れていたり…

今日はいっぱい弾きたい!って時には
あらかじめ蛇口の湯量を少なめにし、かつ、
いつもと同じ温度になるよう調節したり。

もっと練習したい時は
湯を止めてから少し冷める分も計算して
熱めの設定にしたり笑

今思えば、なぜタイマーをかける
と言う発想が浮かばなかったんだ!
と不思議なんですがw

あえてこの特別な20分間をゲームのように
毎日ちょっとしたスリルで
楽しんでいたのかもしれません。

結局、音楽の道に進むことはなかったですが

この毎日20分間の習慣で、音楽以外にも
あらゆるモノゴトを習得する方法、上達法などを
私は自分でつかんだと断言できます。

器用貧乏とも言うのかもしれませんが笑
昔から人並み以上に飲み込みが早いのは
(興味が沸くもの限定ですが)
明らかにこの経験が基礎になっています。

継続、試行錯誤、数をこなす、適度な緊張感、集中
と言うものの積み重ねは大きい。

これは風呂洗いのお手伝いがなかったら
まず続けられなかったので
親には、本当にいい習慣をもらったと思っています。

それと、逆にテレビを見る習慣はついてなく
その時間、両親は近くにはいるものの
まだ仕事(自営)をしている時間だったのも
一人で過ごす有意義な時間が持てた要因で
今となってはよかった。

人はもともと意思の弱い生き物なので
適度な拘束があるくらいがちょうどいい。

まだお手伝いが嬉しい年頃から始めたお陰で
途中で投げ出さずに
すっかり当たり前の習慣となったので

息子にも何か早いうちから
習慣をつけさせてあげたいものです。

そして、いい大人になった私も。

正直、昔の私に、今負けてます^^;

良くも悪くも自由になりすぎて
逆に、適度な拘束が欲しい。

なんだか最近、私たちがわざわざ
制約のある3次元の世界にやってくる
その気持ち、感じがわかるような気が笑

制約と言うルールがあった方が
ゲームは楽しい。

どう攻略するか。

そんなわけで。

お手伝いをさせていただいている
もう一つの職場の活用!

ありがたいことに
完全フレックスなのですが

あえて、きっちり時間を決めて
通うことにしますっo(`ω´ )o

それでも、体調悪い時などには
気兼ねなく休める、適度な拘束感は
やはりありがたい♪

展示続きで一ヶ月以上
お休みさせてもらっちゃったので

来週からまた気持ち新たに
通います!

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